経緯
源田實氏が、小学校まで過ごした地が、旧加計町のこの場所になります。
空き家になり、10数年が経ち、家の傷みが目立ってきていました。近所に荒廃した家があることを危惧した、リボーン加計が、空き家の活用を検討、源田實の生家でもあるので、源田実しかないと決断に至り、資料館開設向け動き出しました。
現住居は、長男・松三氏(實氏は次男)が後を継ぎ、戦後に建替えられた家になります。しかし、子どもの頃を過ごしたこの地には、目立った観光スポットも無い加計には、貴重な存在です。
その為、相続人からの依頼により、歴史と平和教育の施設として、開館の準備をしております。
これから予算確保に向け、令和7年4月からクラウドファンディングを実施しました。
課題
- 建物の山側が湿気で腐ってきていて、床の張り替え等、大規模な家の修繕が必要である。
- 資金が全く無い。
これから予算確保に向け、令和7年4月からクラウドファンディングを実施中です。
ご支援いただけると幸いです。
現状
現在、家の測量を行い、修繕の為の図面を作成中です。
展示資料については、2025年2月、源田閣下のお宅に訪問し遺品を提供いただく話になりました。
源田実資料
これから予算確保に向け、令和7年4月からクラウドファンディングを実施中です。
ご支援いただけると幸いです。
兄 源田松三について
兄、源田松三は、1899年10月生まれ。実氏の5つ年上の兄で、1923年24歳の時に東京帝国大学法学部政治学科を卒業。4月から大蔵属・理財局国庫課勤務し、1927年には関東庁事務官・財務部財務課勤務。その後、満州国での事務官を歴任し、終戦間際は、奉天省次長兼奉天軍需局長。戦後ソ連に3年間抑留後、1948年49歳で、帰国。しばらくして、日本海外移住振興会社専務取締役就任。4年務めてた後、モロゾフ酒造会社取締役会長に就任。国産の洋酒の輸出に尽力し、1973年74歳で、加計に帰郷。加計町長を2期8年務めあげ、温井ダム建設に尽力する。1991年没。
兄 源田松三 について
作業動画
現在、山と化していた建物周辺を日々伐採して整備しております。